◆箕輪城の概要
箕輪城は群馬県高崎市に位置する、日本100名城として選出されている群馬県の中でも有名な城の1つです。
箕輪城自体は約500年前に長野業尚によって築かれた名城で、現在は井伊直政在城当時のものが城跡として残されています。
また、昭和62年に国指定史跡に指定されており、良く整備されています。
城跡では、広範囲にわたる敷地内に散策コースが設けられ、四季折々の自然も楽しむことができます

◆箕輪城の歴史
築城年代は定かではないが、永正年間初頭(1505年)頃に長野業尚によって築かれたとされています。

長野氏は関東管領上杉氏に従っていましたが、上杉氏が次第に勢力を弱めたため、長野業政は西上野の中心的な存在となった。

一方、西上野侵攻を目指す甲斐の武田信玄の存在もありましたが、長野業政は西上野の国人衆らと固く守ってこれを許しませんでした。そのような侵攻が繰り返される場がこの箕輪城でした。

最終的には、永禄4年(1561年)長野業政が没して長野業盛が家督を継ぐと、武田信玄の西上野侵攻も激しくなり、永禄9年(1566年)ついに箕輪城は落城し、長野業盛は自刃して果てました。

その後は、天正18年(1590年)豊臣秀吉による小田原征伐の後、関東に入部した徳川家康の家臣井伊直政が十二万石で入城しました。

そして、慶長3年(1599年)井伊直政は高崎城を築城し居城としたため、箕輪城は廃城となりました。

◆箕輪城の特徴
箕輪城は、榛名白川によって削られた河岸段丘によって出来た平山城です。城の西には榛名白川、南には榛名沼があり、両者によって天然の堀が形成されています。城の敷地は、当時、東西約500メートル、南北約1,100メートル、面積約47ヘクタールにおよぶ広大なものであり、現在にのこる遺構としては、石垣・土塁・空堀の跡が確認できます。